何かを成し遂げた、という経験からは


僕は小さいながらも会社を起こした。社長になってから改めて周囲を見たときに、他社だろうと何だろうと世の中の肩書に恐れを抱かなくなった。これは実感として間違いない。

大企業の課長だろうと部長だろうと、俺は会社のトップにいたんだ、という経験から全く脅威に感じなくなっていた。

それまでは、同世代の知り合いが主任になったとか、課長になったとかという噂を聞いただけでムラムラと嫉妬心が沸き起こって、どうせ心身とも疲労して体調悪くするよ、とかひどい事を考えたものだ。

自分が体験したものに対しては寛容になれる。体験していない事に対しては不寛容だ。

これは一体どういうことなんだろう。

何かを経験した事がある、または年収とか高級車とかの何かを持った事がある、という経験値での比べ合い、という事なんだろうか。

嫉妬心。自分にはないものを他者が持っているものに対して抱く感情。羨望。お金、憧れの配偶者、家、車、服、時計、土地、美貌…。

他者が持っている事に対しての怒り。

なぜ怒るのか。自分が負けた気になってしまうから。

なぜ負けた気になるのか。自分にはそれを持つ能力が無くて、他者はそれを持てる能力があるということだから。

では魚が海の中で生きられる能力に対して、または鳥が空を飛ぶ能力に対して、君はいつも嫉妬するということか?いいえ、動物に対しては怒りは湧きません。

なぜ怒りが湧かないのか?そもそも種類が違うから。

種類が違うとなぜ怒らないのか?自分のテリトリーを侵される事がないから、と思います。例えば動物と食料を奪い合う事になったら、その時は戦うという選択肢になると思います。

同じ物を奪い合う事になったら、なぜ戦うのか?そうしないと自分が生存できないから。

つまり自分のためなワケだね?はい…そうですね、奪うのは自分のため、または自分の家族のためです。

それから、なぜ負けてはいけないのか?それは、悔しいからです。

なぜ悔しくなるのか?それは…なぜかな、きっと自分は負けて何かを失ったり奪われたり、バカにされたりすることがイヤだからです。

ということは、君は誰かと奪い合っているわけかい?そうですね…特にお金は有限だから他人に取られるより先に自分が獲得できたら…と考えてしまいます。利害関係の綱引きです。


嫉妬心は、自分にはないが他者が持っているものに対して抱く感情だね。例えばいい車。やっと手に入れて街に繰り出す。他の人は大衆車に乗っているが、自分は違う。高級車だ。

どうだ、みんなより自分は優れているんだ、悔しいだろう?すごいだろう?すごいって言ってくれよ。認めて欲しい、自分はこんなにいい車を手に入れたんだ。他人とは違うんだ!俺は負けてないんだ!劣ってなんかいない、優れているんだよ!見たら分かるだろう?負けてない負けてない負けてない!負けてたまるか!お前らなんかに負けてたまるか!俺は負けたくない!ちくしょう!勝ちたい勝ちたい勝ちたいんだ!より多く手に入れるために。より得をするように。より優位に立てるように。

どうだ!悔しがれ!みじめになれ!ざまあみろ!みじめになりやがれ!

そう、優位に立つため。年収も学歴も高級車も酒の強さも、優位に立つため!美貌も健康も特技も貯蓄額も子供の学歴も、全て優位に立てるようにするためだ。周りよりもその差が多ければ多いほどいいんだ。

時には人を利用して人数で優位に立つんだ!

自分の高級車を見ても見ても何を笑ってやがる!まさか欲しがらないのか?欲しがれ!羨ましがれ!欲しがらないヤツは目障りだ!

自分が欲しいものを獲得できなかったとしたら、その自分の欲しいという自由が侵害される事になる。だから自分の自由のために力づくでも手に入れるのだ。

そう、奪い合いはお互いに自由を侵害し合っていることなんだ。自分が得ると他人の欲しがるものが減る事になる。だから、自然に手元に入ってくる状況が今のところは1番良いのだ。

体験していない事に対しては不寛容なのはなぜかな?それは全ての事を知っていたいから、知らない事は自分の世界には存在して欲しくないと思っているから…かな。

なぜ自分の体験していない事を知りたくないんだろうか?それは無知の知と呼ばれるものだけど、知らない事やできない事は自分の弱みであって、弱さでもあると考えているから。自分の弱いところにはこれ以上触れられたくないし、さらに傷つく事になるのも嫌なんだ。そんな弱さはできるだけ隠したい。つまり、優位に立っていれば人から自分の弱さを攻撃されることもないからなんだ!だから人は自分を大きく見せて少しでも優位に立って、勝ちたがるんだ。自分の弱さに触れられたくないから。

自分の弱い部分、弱点に触れられて暴かれるのが一番の屈辱だ。だからお金や高級品や巧みな弁舌で防御するんだ。

それと、自分の世界が最も優れていると思っているから、それ以外の世界が現れると今までの自分を否定されている気になるから。つまり、今まで一生懸命に生きて積み上げてきたというのに、それ以外の他人の未知なる情報を押し付けられると、その積み上げてきた自分の世界をけなされたような、否定されているように感じるんだ。

何かに対する感じ方は人によって全く違う。10感じる人もいれば1000感じる人もいる。自分が1000感じたからと言って他人も同じだけ感じるとは限らない。むしろ絶対に異なるワケだから、他人からの賞賛を期待しても全く意味がないのだ。

そして、高級車や学歴、高収入を見せつける人は自分の価値観を褒めて欲しいものだ。すごいね、って共感して欲しい。褒めて欲しい。そして自分の喜びを他人の反応を通して確認したい。つまり幼児期にできなかった心の共感を誰かにして欲しいんだ。なぜならその人の歴史の中で共感してほしかったのに共感してもらえなかった、褒めてほしいのに褒めてもらえなかったという不満があって、本当は共感してほしかった思いが残っているから。手を変え品を変えて共感してほしかったけど、その人の親にそこまでの寛容性が無かったものだから、したくてもできなかったという背景があるんだ。

だから外見でそれを求める人は買い物を止められない。一度でもブランドなんかで褒めてもらえたら、また同じように褒めてもらえるから同じようにブランドを無意識に求めてしまう。ブランド物に固執し執着する。だからより多くの金が必要になる。同時に他人にも優位に立てるし、共感してくれなかった人へも復讐として劣等感を与えられる。

人よりも優位に立つためにも、たくさんの金が必要になる。